about Hungary story for us.

 

まさかハンガリーになんども行くことになるとは、全く想像してなかったが、素晴らしい国です。

I could not imagine,,,,I have been to hungary so many times in my life,,,,

 

myself (L), Borocz Laszlo, his daughter, Mrs.Suzuki Yoshiko (R) at 2B gallery 2007

 

Szilagyi Erzsebet at 2B gallery 2007

 

■■ 偶然?

2005年のある日、京都の都ホテルの前にあるギャラリーすずきにふらりと立ち寄ったところ、なにやらヨーロッパ人らしきカップルと代表の鈴木淑子さんが、うまくコミュニケーションが取れずに困っておられるところに遭遇しました。私が、お聞きするとハンガリーから鉄の作品を持ってきたアーティスト、エリザベートさんとボーイフレンドで作曲家のバンクさんでした。トントン拍子に話が進み、エリザベートさんの個展を開催することが決まりました。作品の写真もないというので、私の自宅に案内してDMの写真を撮影し、無事に2005年10月18日にシーラギ・エルジェーベト展が開催されたのでした。(ハンガリーの人同士では、こういう呼び方をする)

 

 彼らの滞在中に日本とハンガリーの交流展を両国で開催する話が進み、ハンガリーの美術館の館長様を訪れる日々が始まりました。その後、お二人は、2006年に結婚されることとなりました。私は、どうしても他の展覧会と時期が重なり、思案の末に美術館との打ち合わせを兼ねて私の妻に結婚式に参加してもらうことにしました。妻は、帰りの飛行機内でエッセイ募集の広告を見つけ、早速応募したところなんと一番いい賞をいただくことになったのです。

そこには、普通の観光旅行とは、ちょっと違う数々の不思議なエピソードが、ありました。

 

■■ 妻に結婚式に行ってもらったところ、

 第四回ハンガリー旅の思い出2007年コンテストA賞/岩澤真理さんの作品 

結婚式と家庭料理の中で味わったハンガリー人の素朴な暖かさ

 

日本で知り合ったハンガリー人のバンクとエリザベート。8ヶ月後、彼らの結婚式の招待状が届き、始めて私がハンガリーを訪れたのは昨年の8月でした。作曲家のバンクと彫刻家のエリザベート、2人はどんな式をしたのでしょうか !! 日本人の私にとってそれはオペラ、そのものでした。驚いた事に、これからお話しする花婿が花嫁を迎える場面を私は夜中のTV番組の中で昔のオペラとして見た内容、そっくりだったからです。 新郎バンクの家はブダペストの中心から車で30~40分離れた緑豊かな郊外にあるマチコバチという町でした。新婦エリザベートは彼の家から歩いて10分程。だから幼なじみかとゆうわけもなく偶然に数年前、イタリア、ローマで始めて逢いました。ブダペストでは8月20日は国を挙げて盛大な祭り、建国記念日があります。その日は日本のお盆のように子供たちは帰郷し、家族で過ごそうと各地から集まります。バンク、エリザベートもローマのそれぞれの地からブダペストへ向かいました。車を運転するバンクをヒッチハイクしたのはエリザベート。2人が同じ街の出身だと知ったのはバンクの車の中でした。――というわけで結婚式は建国記念日前日、2人が知り逢った記念日8月19日なのです。

  

結婚式はその日の午後3時からなのに朝10時にバンクはラフなパンツ姿で迎えに来ました。家で迎えてくれたのは水着姿のバンクのママ。汗だくの彼女は水着を着て朝から幾皿もの手料理を作っていたのです。小高い丘の上にあるバンクの家の下に広がるガーデンで手作りスウィートとレモンとミントたっぷり入ったハーブティーで軽く御挨拶。柔和な笑顔のバンクのパパ、いえお父様はやはり作曲家。やがて三三五五親戚、友人が集まり出すと別のテーブルにはママ自慢の料理が並びビッグランチが始まりました。さあ真理、今日一日長いからたくさん食べておくんだよ!!とお父様からの一声 。何種類ものチーズ、フォアグラのテリーヌ、鶏の丸焼き、牛肉とパプリカの独特な味の煮込み等々、どれもが覚えて帰りたい料理ばかりでした。

 

 

 

コーヒータイムが終える頃、黒い山高帽をかぶった男性が、カラフルなリボンを付けた棒を持って表れました。どうやら今日の進行役のようです。唐突に彼の甲高い声がして、いよいよ今日の結婚式の開幕です。みんなの前で新郎から父母弟へ感謝の言葉の後、山高帽の男性を先頭にゾロゾロと新婦の家へ歩き出します。その行列の最後 はトランペットやクラリネットが響き、まるでブレーメンの音楽隊です。少し坂を下りると別の登り道、その上にエリザベートの家があります。そこにも朝から友人親戚が集まっていました。かつてTVで見たオペラの始まりはこれから――。山高帽の彼が大きなのあいさつの次はバンクが、エリザベートの家の2階のバルコニーに向かって声を張り上げます。エリザベート迎えに来たよ ! 僕と結婚して下さい !! でもエリザベートはなかなか表れません。妹が出窓から顔を出したり、ドアが開いたと思うと女装の従兄弟だったり。挙句の果てに花嫁姿のおばあさんまで出てきて大笑い! 何て楽しい結婚式でしょう。後ろでは音楽隊が楽器を鳴らしっぱなし・・・大笑いの渦中ようやくエリザベート登場です。歓が上がり拍手喝采。涙のエリザベートから父母妹への感謝の言葉が終わると両家をつれ音楽隊の行進は教会へと向かいます。

 

 

 その教会もハンガリーの街々で見た物と同じように外観は質素なのにドアを開けると予想つかない程の豪華さで金をふんだんにあしらい、色彩やかな花や壁紙の装飾でした。その中でバンクとエリザベートが愛を誓います。この日エリザベートがブダペスト一の美しい女性だったのは言うまでもありません。教会の庭ではパーティーの準備がなされていました。やはりバンクのお父様はこの地の名士という事で市長さんやリスト音楽院の教授等、各界の人物が集り、品の良いワイン主体のパーティーが夕方6時まで続きました。そして私達は次のパーティー会場である森の中の古城跡地に建つホテルのガーデンへ。ここに残ったのは親族と友人達との社交ダンスやディスコダンス。音楽隊とは違うポップな生バンド。夜が更けるまで続きます。終わり真際、新婦手づくりの三段重ねのケーキが表れ、そこでキャンドルサービスがロマンチックなフィナーレと真夜中を飾るのでした。ちなみにケーキの味は私の好きなアーモンドバターケーキをベースに生クリームで包んだもので、とてもおいしかったです。   

 

 

パーティーで印象的だったのは10代の若者との会話でした。何になりたいのといった質問に勢いのある輝いた目で、答えてくれた事でした。又折り紙を出して、教えてと集まり、教えると女の子ばかりか男の子も熱心に真剣な眼差しで折り始めます。その集中力は驚きで、この国の若者の伸びやかな将来を感じ。疲れた今の日本の若者と比較してしまいました。 こうして長い一日が終わり、疲れを癒す為サッカースタジアムのような広さのセーチェーニ温泉に行ったのも楽しい思い出です。ハネムーンにも行かず日本から来た私達を連日実家や友人の家でのパーティーに連れていってくれたおかげで数々のハンガリー料理を味わった事も貴重な経験でした。建国記念日の夜、妹のアパートのテラスでドナウ川の花火を見ながらのバーベキュー。音楽教師の友人の家では御主人がヴィヤーシュを庭で作ってくれました。シチューのようなヴィヤーシュはパプリカと七面鳥や牛肉等、何種類の肉を使った煮込み料理で、戦いの歴史の中野外で鉄ナベでつくる男の手料理の一つとして生まれたそうです。エリザベートのママが作るサワークリームとパプリカのルーはパスタと食べました。デザートのクレープもハンガリーの名品。最後に行ったエリザベートのおばあちゃんの別荘があるバラトン湖で採れたコイのスープも絶品でした。おじいさんがやはり鉄ナベで作ってくれました。又手造りのドーナツと一緒に食べた庭のアプリコットでつくられたジャムの味も忘れられません。どの家庭もワインが出され、特にバラトン湖の家の庭にはワインセラーである小山があちこちに見られました。楽しい結婚式とワインと共に味わったハンガリー家庭料理が私のハンガリーの旅でした。どの家庭でも私を迎えてくれる人々の心のやさしさに触れることが出来、昔の日本人のような律儀な丁寧さで心の奥深さを感じる思いがして、始めて訪れたハンガリーは私の郷のようでもありました。だから私は家に帰るように再び訪れるでしょう。

ありがとうハンガリー

我が心の郷愁の国ハンガリー、遙か麗しき街ブタペスト ひっそりと東洋の旅人が行きますから待っていてください。

岩澤真理/MARI IWASAWA

岩澤真理のロンドンストーリーも面白いよ、▶ ロンドンストーリー

 

 

UNEASINESS 初の海外展開催は、ブダペスト 2B gallery

 

 1995年ごろから友人で、ニューヨーク在住のハンガリー人、Andras Boroczという美術家と交流を深めてきました。彼の弟、Laszlo Boroczは、ブダペストでギャラリーを経営しておりました。ハンガリーとのご縁は、ここからはじまっていたのです。10年間資料を送り続け、ようやく2007年にUNEASINESS展を初めて海外で開催することができました。そこで学んだことは、素晴らしい資料を10回送るより、1回挨拶に行くことの方が大切ということでした。

 

 

 uneasiness Ⅵ 岩澤、大澤、大澤くんの妻、大澤くんの友人の4名でブタペストに参上!2B Galleryで搬入を行い、デンマークに立ち寄り帰国しました。トップに登場した画廊主のラズロは、夜はオペラ歌手という異色の才能の持ち主でした。

▶ installation view

 

■■ ギャラリーすずき+ハンガリー作家と6つの展覧会を開催!

 AD LACUM FELICIS -Town of glad lake 2008 (The Kuny Domokos Museum/Tata Hungary) 

 

 

 エリザベートとバンクの紹介でブタペストの美術館をすずき氏と共に訪問し二転三転、心が折れそうなところで中心地から車で1時間離れた郊外のThe Kuny Domokos Museumにてようやくチャンス到来。ここは、戦災で湖のほとりにある大きなお城が倒壊し建物の3分の1が残された場所を美術館にリノベーションした建物。20名以上の職員が働く公立美術館ですが、ハンガリーはマジャル語の国、英語の話せる人が館長様と副館長様しかいなくて、作業中全然波長が合わなくて久々に不自由さを実感。それでもなんとか、1番上の三角屋根の場所で発表することができました。この時は、330cmの木枠を現場で製作。

 

 

▶ 鈴木淑子氏の挨拶文(日本語/English)

▶ 美術館の挨拶文(日本語/English)

▶ 作家の紹介(日本語)

 about exhibition's artist(English)

 

 ハンガリー・日本交流展 “WATER” 2010(ギャラリー北野坂/神戸〜京都芸術センター〜パルアート/京都)

 

 

▶ See B side

 

 

 

▶ ハンガリー大使と鈴木淑子氏の挨拶文(日本語/English)

▶ 河﨑晃一氏の文/太田垣實氏の文(日本語/English)

▶ Eniko P.Toth's article (English)

 

 

  "MIZU VIZ/WATER" 2011 (The collection of local history of ferencvaros 〜 A38 Gallery/Budapest Hungary)

 

 

エリザベートの企画でドナウ川に浮かぶギャラリーと博物館の2会場で交流展を行うことができました。初日には、博物館の中庭でブダペスト市長と私が挨拶するオープニング式典があり、テレビ局の取材も入り市長様直々の観光案内付きのチャータークルーズでA38という浮かぶ画廊に移動して乾杯するという楽しい経験をさせていただきました。浮かぶギャラリーの隣は、浮かぶレストランで、打ち合わせの際に食べた本日のランチは、オニオンスープとあんずのジャムが乗った白米セットだったのでちょっとびっくり!変わったところでランチをするのは楽しいが、甘い白米というのは、おはぎのような昼ごはんで、、、、

 

▶ Youtube A38

 

 

人生で初めてドナウ川に浮かぶギャラリーにて発表!テニスコートほどの大きさの画廊で搬入搬出を行うのですが、思いのほか流れが激しく、3時間作業すると船酔いしてしまいました。

 

■■ Levai Adam, Eszter Havril and Sipos Zoltan came to Kyoto.

ハンガリー・日本現代美術展 2012(ギャラリー北野坂/神戸)

 

 

▶ installation view 002

 

 Szilágyi Erzsébet & Mrs.Suzuki 2007

 

 The Occasion by Laszlo and Bank Sary at The Kuny Domokos Museum 2008

 

2017年7月ハンガリーで活躍するエリゼベートさんから、新作の写真が送られてきました。

 

 

偶然ギャラリーすずきで出会った二人と京都の様々なところを巡り、お話できた後、ブダペストでも再会し、彼らは翌年結婚し今は、二人の子供を育てる女性作家として活躍中です。時より写真や展覧会の案内をFacebookに送ってきてくれます。

 

 

私は、2000年に「 画廊の視点 」(大阪府立現代美術センター)という展覧会に、大阪のシティーギャラリーから選抜され出品する機会を得ました。初日の夕刻、オープニングパーティーでギャラリーすずきの鈴木淑子さんに初めてお会いしました。「 岩澤さんという人はどんな人なのか探していました。京都で個展をしたことがないのなら、これから私のところでしてください。」と光栄なお話をいただきました。それ以来、滋賀県や大阪の画廊や美術館へお出かけの際や、エリザベートさんとバンクさんが来日されるときは、よく車で送迎をする機会が訪れ、ハンガリーの美術館に打ち合わせにゆく際も、東京へ助成金をいただきにゆく際も新幹線で向い、大阪のイケヤにベットを買いに行って私の車の屋根に積んで運んだり、京北町からお米90k買ってきて、って言われて配達させていただいたり、私は、実の母親と大人になってからあまり話をしたことがなかったので、鈴木さんとは、実にいろんな会話を綴らせていただきました。2012年、私の奈義町現代美術館での個展の開幕を待っていてくださったかのように、オープニングの日の夜、京都で永眠されました。ハンガリー展に参加した両国の作家と共に鈴木淑子さん京子さんには、素晴らしい経験をさせていただくことができましたことを心から感謝いたしております。

 

元ギャラリーすずき代表:鈴木淑子(中央オレンジスカーフの女性)at The Kuny Domokos Museum/Tata 2008

 

2002 ◼ Solo Exhibition at Gallery Suzuki Kyoto ▶ instalation view

2005 ◼ Solo Exhibition at Gallery Suzuki Kyoto ▶ instalation view

2006 ◼ Solo Exhibition at Gallery Suzuki Kyoto ▶ instalation view

2008  ◼ Solo Exhibition at Gallery Suzuki Kyoto ▶ instalation view

2013 ◼ Solo Exhibition at Gallery Suzuki Kyoto ▶ instalation view